週刊雑記帳(ブログ)

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本の紹介,「アメリカの教室に入ってみた: 貧困地区の公立学校から超インクルーシブ教育まで(赤木 和重(著),ひとなる書房)」

アメリカの教室に入ってみた: 貧困地区の公立学校から超インクルーシブ教育まで
赤木 和重(著)
難易度:☆


研究業界にはサバティカル休暇というものがある。
研究休暇とも言われる。
大学に何年か務めるともらえ、一定期間(長いと1年間)通常の業務が免除される。
この期間を利用して、充電したり研究したり他機関に留学に出たりする。

さて。
この本は、そんなサバティカル休暇を利用してアメリカに留学したとある研究者が書いたもの。
特別支援教育発達心理学を専門とする研究者がサバティカル休暇を利用してアメリカへ。
シラキュースという街に家族と住むことになった、その時の体験に考察を添えてをまとめたもの。
これが大変おもしろかった。

このシラキュースという街、アメリカの中では貧困が深刻な地区。
そんな最貧地区の公立学校に著者のお子さんが通うことになる。
学校に通う保護者から見た、アメリカのリアルな公教育の姿が描かれる。
最貧地区の公立学校というと荒れていて怖いという先入観があったが、意外にもそんなことはない。
ただ、貧困ゆえの問題はもちろん存在し、そのリアルな姿を見ることができる。

また、インクルーシブ教育や保育についても描かれる。
インクルーシブ教育とは、ざっくり言うと、障害のある者とない者が共に学ぶ仕組みのこと。
日本でもこの流れで教育政策が進められている。
この本では、シラキュースで見た異なる形のインクルーシブ教育や保育の実態が具体的な体験を中心にまとめられている。
日本とはまた違ったインクルーシブ教育の形があり、それぞれが示唆に富む内容で興味深かった。

この本は以下の3点が特におもしろかった。
1つ目は、アメリカの公教育の話。
アメリカでは新自由主義のもと、学校や教員の評価を行い、競争原理を使って予算配分や場合によっては学校の廃止を行なってきた。
これは、日本の教育改革を唱える人たちの主張とも共通するものがある。
一足先に改革を行なったアメリカの公教育とその制度について、その帰結としての実態を知ることができる。
日本のおける教育改革や教育に対する政治家の姿勢を考えるときの参考になる。
このトピックに関しては、 「崩壊するアメリカの公教育――日本への警告」 という本もおすすめ。

2つ目は、文化と教育の話。
海外、とりわけアメリカの取り組みは日本で参考にされやすい。
ただ、アメリカで成功しているものが日本でも成功するのか。
この点について、日米の教育現場や子どもたちの違いを紹介しながら、文化的な違いを考慮して考察。
アメリカの文化ゆえのアメリカの教育システムであり、アメリカ型を安易に日本に入れるとうまくいかない可能性についても考えさせられた。

3つ目は、超インクルーシブ教育の現場について。
著者のお子さんが後半に通った、小さな私立学校。
ここは5歳から中学生まで共に学ぶ学校で、異年齢教育が基本。
個人個人が違うことが前提の学校で、障害のある子どももたくさんいる。
ここで行われる超インクルーシブな教育について、具体的に描かれておりおもしろかった。
インクルーシブ教育とは何か、転じて、教育とは何か、考えさせられた。
詳しくは書かないので、ぜひ本文を読んでいただいて。
この部分だけでも決して損はしないと思う。


少し長くなったが、特別支援学校、小中高など学校種によらず、教員を目指すすべての人に読んでほしい本。
もちろん現職の教員にも読んでほしい。
自分の実践や教育に対する姿勢や哲学について、少し揺さぶりをかけられる、そんな本だと思う。
保育現場の話も厚く、幼稚園や保育園で働く人にもおすすめ。
もちろん、子を持つ保護者も楽しめる。
教育に興味あるすべての人にオススメな一冊。




福岡県のとある場所にて。


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2021/03/02 20:16
火曜日だけどお疲れ。
自宅にて。



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Update 2021/03/02
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