週刊雑記帳(ブログ)

担当授業や研究についての情報をメインに記事を書いていきます。月曜日定期更新(臨時休刊もあります)。

ココロ・エネルギー

「旅に出ます。探さないでください。」
そう実験室に置き手紙をして、僕は旅に出た。
全てのしがらみから逃れての、あてのない旅である。
お金はいくらかある。
時間はありあまるほどある。
僕の手には、果てしない自由が握られている。
もうノルマも締切も関係ない。
ただ、気分の赴くままに、行きたいところに行けるんだ。

、、、なーんてことは、全くなく、単にリフレッシュのために休暇で遠出。
横浜に参りました。
横浜は僕が生まれてから10年くらい暮らした土地で、今も時々訪れる場所。
鳥取も大好きなのだが、やはり故郷は特別で、時々帰りたくなる。
コロナでなかなか帰れていなかったので、ちょっと収まっている今がチャンスだとやってきたわけです。
最近ちょい疲れ気味で、頭の働きも鈍っていたので、ちょっとしたメンテも兼ねて。

金曜日に移動して、初日は福井時代の先輩と会食。
この先輩とは年1、2回くらい会って話す間柄なのだが、コロナのせいで実に2年ぶりの再会。
3時間程度、ひたすらゲラゲラ笑いつつ上機嫌な時間を過ごした。
ココロ・エネルギー回復1。

次の日はお気に入りのご飯処からのカフェ巡り。
本ざんまい、コーヒーざんまい、時々うまい飯。
夜はヤクルト戦で大いに盛り上がり。
ココロ・エネルギー回復2。

で、本日は大学時代の友人と会い、横浜散策。
この友人とも数ヶ月に一回会っていたのだけど、コロナのせいで2年ぶり。
うまいラーメンを食し、ブラブラ横浜を散策し、動くガンダムを見るなどし。
ココロ・エネルギー回復3。

そんなわけで、リフレッシュな休暇を送るなどしたよ、という日記的なお話。
なお、僕のココロ・エネルギー容量は極めて大きいので、あと97くらいは回復が可能。
実は明日もお休みなので、丸善に本を買いあさりに行く予定。

まあ、自分のメンテも仕事のうち、ですよ。




f:id:htyanaka:20211129115350j:plain 今旅の一杯。
お気に入り吉村家の1杯。

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2021/11/28 21:17
休暇中。
タマプラ・スタバにて。


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Update 2021/11/28
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やってみたい成績評価法

僕の授業、学生さんの達成度については基本的に試験で測る。
理由は単純で、授業の目標達成度を測るものとして、これが一番客観的で優れていると考えるから。
これは、 なぜ、テストをするのか に書いた通り。
学生さんもまあだいたいはわかっていて、ちゃんと勉強してくれる。

さて。
そんな僕ではあるが、試してみたい成績評価法がある。
本気のレポート評価。
文字通り、レポートを本気で評価するというもの。
もちろんできなければ落とす。

どういうものか。
まず、レポート・卒論を書くにあたって必須になるテキストライティングの本を3冊程度指定して必ず読んでもらう。
その上で、お題を与えて、小論文を作成する、というもの。
評価の観点は、当該授業に関する知識に加えて、お題に対する解答がしっかりしているか、論理構造は正しいか、テキストライティングはしっかりしているか、等を見る。
レポート評価後は一人一人返却し、レポート評価のポイントと問題点を解説する。
レポートを課す授業は多いが、個別に解説までする授業はほとんどないのではないか。

意図は単純で、授業の知識的な到達目標に照らした評価に加えて、レポート作成を通じたテキストライティングの技術を教育する。
本来はゼミや演習を通じて行うものなのだが、授業のレポートを通じてそういうことをやってもいいなぁ、と思った次第。
ターゲットの科目は、2年生くらいの専門科目で、人数があまり多くないやつ。
その他のレポートを書くにも、卒論を書くにも、社会に出てから仕事上の書き物をするときにも、きっと役に立つ。
この辺りは、 書く力(なぜ学ぶのか、何を学ぶのか 8 ) にも書いた。

そんなことを考えて、遊びに来た学生諸君にこの評価法をやってみたい旨を伝えたところ、反応がかんばしくない。
試験に代えてレポート評価、と言うと表情は明るくなるのだが、本気のレポートという用語が出てきたあたりから表情が曇り。
本気のレポートの内実を知るにつけ、頼むから試験で評価してくれ、と懇願される始末。
1人や2人ではない。
まあ、そんなわけで、本気のレポート評価、お蔵入りになったわけでございます。
いやぁ、いつかやりたいなぁ。

以上、教育のあれこれ話。
今回はこの辺で。




f:id:htyanaka:20211108182727j:plain 秋、ですなぁ。


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2021/11/08 18:24
休暇中。
鳥駅スタバにて。


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Update 2021/11/08
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小手先でない試験のテクニック(大学生のための学び方入門14)

大学生になっても、社会人になっても、避けて通れないのが試験。
単位認定試験、資格試験、就職試験、昇進試験。
これまでもこれからもさまざまな試験がある。
僕は立場上、試験を実施したり解答を見たりする機会がいくらかある。
解答を見ると、ああ、これはもったいない、もっと得点が取れるだろうに、という解答ともちょくちょく出会う。
実力が試験に反映しきれない人、というのがいるなぁ、思うことがある。
今回は、そんな人にこそ読んでほしい、試験についての話。

なお、僕は試験テクで実力以上の数字を出す必要はないし、試験で高得点を取ることに最適化した勉強はすべきではないと思っている。
ここでは、そういった小手先試験テクではなく、実力を出し切る試験テク、というのを書いてみようと思う。
なお、試験関係については今までにいくつか記事を書いているので、それらも参考にしていただけたら幸い。
試験のための勉強をしない(大学生のための学び方入門3)
僕の授業のテスト対策
なぜ、テストをするのか
ちゃんと勉強したけど点数が取れなかった人へ

聞かれたことに忠実に答えよ

これは試験の基本中の基本。
答案を見ていると、これができていない人は結構いる。
「〇〇とは何か」と聞かれていれば、これに〇〇が何かを中心に解答を作成する。
しかし、〇〇とは何かに答えずに点数を下げる答案はわりと多い。

単純な問いであればできる人も、問いが複雑になるとできなくなることがある。
例えば。
「〇〇及び××について、両者の違いに注目しながら説明せよ。」
こういう問いについて、〇〇と××についてここに説明しておしまい、という答案を作成する人は多い。
しかし、この場合、両者の違いが述べられていないと減点になる。
問題作成者はわざわざ「違いに注目」しろと意図を明示している訳なので、「違い」への言及が採点基準に盛り込まれていると考えるのが妥当。

問題が複雑になればなるほど、解答に盛り込むべきポイントは増える。
問題文を読んで、明示的に問われているポイントに印をつけ、それを必ず解答に盛り込むようにしよう。
これだけで点数はグッと上がる。

なお、これは大学入試や就職試験の小論文や大学のレポートなども同様。
〇×との関連を考慮して、とか、本文の記述を踏まえて、とか、問題文の中で条件が付されている場合は、答案に必ずそれを盛り込むようにしたい。


暗に問われていることを押さえる

試験には問題文で明示されているもの以外に、暗に問われていることがある。
試験範囲(科目や内容)の文脈というか、そういうもの。
例えば、「糖尿病について説明せよ」という問題があったとする。
これが、医学部医学科の専門科目であれば、病気の概要に加えて予後や治療法まで詳しく答えなければならない。
遺伝生物学の授業であれば、病気の概要に加えて遺伝的な説明が必要。
障害児教育学でであれば、教育と絡めて説明する必要がある。
このように、同じ文言の設問であっても期待される解答は変わりうる。

では、この暗に問われているものをどうやって把握するか。
これは授業をよく聞く、教科書を読む、等で行う。
授業で扱われている、ということは、それが文脈であり、扱われた内容のうち重要なものは答案に盛り込みたい。
授業を聞いていなかった、ということであれば、指定されている教科書や参考書籍、配布資料等で文脈を把握しておく必要がある。

これは入試や就職試験、昇進試験等あらゆる試験についても同様のことが言える。
当該試験で試験実施者が問いたいことは何か。
実施者が測りたい知識能力等は何なのか。
これを意識して答案が作れるようになると、点数はグッと上がる。


多面的に解答する

わりと見られるのがシンプルすぎる答案。
確かに正解なのだが、それだけじゃない、足りないよ、と言うもの。
これは、暗に問われていることを押さえる、とも関連する。

例えば、僕の授業の例。
「〇〇という心臓病とは何か、書け」という問題があったとする。
この場合、採点基準としては、(1)病気のメカニズム、(2)病気の症状、の2点を必須とする場合が多い。
よくできている答案だと、これらに加えて、治療法や教育上の留意点などが書かれていて、ほほう、よくわかってるなぁ、となる。
しかし、片方しか言及しない不完全な答案は多い。
だらだら長い解答が書かれているが、よく読むと一つの視点からしか書かれていない、ということもしばしば。
答案返却の際、当該学生に聞いて見ると理解していることもあるので、これは完全に試験テクの問題での失点ということ。
もったいない。

暗に問われていることがわかっている場合は、それらの視点は余すことなく答案に盛り込む。
それらがわからない場合も、最低2つの視点から答案を作成するようにすると、点数は上がる。


わかりやすい答案

ここまでのポイントを押さえているのに、点数を落とすことがある。
せっかく答案を作成するのに、とてもわかりにくいものを作成している場合。
よく読むと、全てのポイントが答案に散りばめられてはいるのだけど、注意しないと見逃してしまう。
試験実施者なんだからそれくらいちゃんと採点しろよ、というご意見はごもっともではある。
ただね、試験実施者も人。
間違いはある。
答案返却等で間違いを指摘できればいいが、それができないものはある。
入試や就職試験等、試験によっては答案返却がないものも多い。
わかりやすい答案作成を日頃から心がけておく、というのは大事。

では、どういう風にわかりやすくするか。
一番は、書きたいポイントを項目として明示してしまうというもの。
再び以下の例題にご登場いただく。
「〇〇及び××について、両者の違いに注目しながら説明せよ。」
これであれば、

〇〇:

〇〇の説明を書く。

××:

××の説明を書く。

違い:

両者の違いを書く

といった感じ。
見出しと改行を使いながら見やすくまとめる。
このように書くと、うまく伝わらず点数が下がることはだいぶ減る。
また、試験を受ける側としても問題で問われていることをうっかりもらすことが減る。
見やすい答案は、他人だけではなく自分にとっても役に立つ。


バツをつけられない答案

ここまでのテクを駆使すれば、実力はほぼ出し切ることができると思う。
最後は心構え、に近いかもしれない。
今まで解説したポイントを踏まえ、バツをつけられない答案の作成を心がける。
もし点数を減らされたとき、「聞かれたことはちゃんと答えているでしょ」「授業で扱ったポイントは網羅しているでしょ」と試験実施者に反論できるような解答を作成する。
これができるようになれば、もう試験テクという意味で実力以下の点数になることはないと思う。

なお、少数だがこれらがしっかり押さえられた答案に出会うことがある。
シンプルなのに減点のポイントが見つからず、満点を取っていく。
出会うと、この学生はかしこいなぁ、と、とても感心すると同時に、ちょっとうれしくなる。
それが入学後に成長したものだと、うれしさはひとしお。



以上、小手先ではない試験テクのお話でした。
こういうのを学ぶのも、大学が最後だと思う。
返却してもらえる答案はぜひ返却してもらって、この辺りのテクを磨いておこう。
結構汎用性の高い能力だと思う。




f:id:htyanaka:20211101214610j:plain 都内かなぁ。


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2021/11/01 19:17
仕事帰りに。
鳥駅スタバにて。


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Update 2021/11/01
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選挙の思考の一事例

前の選挙で自分の投票行動を記事にしていた人がいた。
こういう理由でこう投票する、という感じの記事。
これは大変おもしろかったので、僕もやってみようと思っていた。
よって、今日はこれ。
全く同じでもつまらないので、思考の途中経過をダダ漏れにして記事にしてみようと思う。
政治が難しくてどう勉強したらいいのでしょう、聞かれることがあるので、そういう人たち向け。
僕はこう考える、という話なので、決して真似する事なく、自分なりに考えるための材料としていただければ。
これね、わりと勇気いる。

政治信条などのスタンス

特定の支持政党なし、無党派
保守ではないと思うけど、革新でもない。
中道。
現在の空気だと、やや左に見えるかも。
大事にしている価値観は、自由、民主主義、立憲主義法治主義、公正。
民主主義観は、議論による相互理解とその上でのベターな政策選択を重視するタイプ。
多数派が常に正しいとは限らないというのも信条。

気にしている政策は、格差是正、教育・研究・子育て系政策の充実、労働問題、困っている人への支援。
ただ、財政の現状は憂慮。

今回の選挙の争点

個別の政策というよりは、僕が大事にしている価値観(自由、民主主義、立憲主義法治主義、公正)などを守る、というのがポイント。
詳しくは、下にある思考ダダ漏れの与党あたりの内容を読んでいただいて。

思考ダダ漏れ開始

今回は4年ぶりの任期満了に近い選挙なため、与党についてはやったことへの評価がメイン。
議院内閣制なので、与党が支持した内閣が行政権を行使した。
当然その責任は与党にある。
選挙で勝った場合は、前在任期間にやったことは支持された、となる。
選挙後も基本的には現路線の継続が前提となるので、やったことを評価して継続するのがいいのかを見るのが早道。

で。
まずは与党、自民党公明党
僕の評価は不可。
理由はいろいろあれど、一番は財務省の官僚を自殺させてしまったこと。
これはかなりショックだった。
政治家が言い出したことを発端に、政府組織が真面目な官僚を死に追いやってしまった。
官僚が違法行為の強要を苦に自殺した。
その発端も背景も、政治家が関係している。
こんなことが許されていいわけがない。
上司たる佐川さんは官職を辞したけど、政治家は誰も責任をとっていない。
これは些細なことでもなんでもなく、こういうことを許すと次もまた似たようなことが起きる。
責任を取らせなくてはいけない。

不祥事も多かった。
現職の法務大臣が就任直前の選挙で大規模な買収、実刑で有罪が確定。
河合案里氏、吉川貴盛元農相、菅原一秀氏が公職選挙法収賄などで辞職。
他にもIR収賄疑惑の秋元司氏、他不祥事で離党が4名。
ここ1,2年、思いつくだけでこれだけいる。
多すぎる。
他にもグレーなのも含めればちょっとうんざりするレベル。
権力は腐敗する、という。
特に、公職選挙法収賄は、民主主義の根幹をなすものであり、これだけの数を出した、という責任は重い。
十分な説明もなく、反省しているようには見えない。

コロナ禍での対応もまずかった。
特に、国民の意見を無視してのオリンピック実施やGoToの実施と、それ以後の感染拡大。
専門家の意見も含めて、異なる意見に本当に耳を貸さなかった。
耳を貸さないのであれば丁寧に説明すればいいのだが、それもなかった。
コロナ以前からさまざまな場面でそのような態度が見られたが、コロナ対策でこの悪いところが大きく顕在化した。
コロナの場合、人の命がかかっているわけで、簡単に見過ごしてはいけないと考えている。

岸田さんが「民主主義の危機」と言っていたが、僕もその通りだと思う。
よくないことをしたら、票を減らす。
反省してもらって、また時期が来たらがんばってもらう。
主義主張以前の問題で、今回の与党への評価は不可。


続いて野党。
政策による野党の選択ではなく、与党へ不可の評価を突きつけるのが目的なので、入れた野党があとから与党と組むというのではしょうがない。
この点で、維新が選択肢から消える。
この党は、今までも与党に協力することが多く、政策も近い。
与党批判よりも他の野党批判のトーンの方が強い印象。
いざという時に与党に協力したり、連立組まれたりしたら困る。
所属する議員にも資質に問題を感じる者がいくらかいて、ここもマイナスポイント。

国民民主。
この党も裏切りが怖い。
前回の選挙ではこの党に所属する前原さんが希望の党との協力を掲げ、挙句、「排除」発言につながりぐちゃぐちゃになった。
立憲との合流の際も、合流すると決定しながら、結局今いるメンバは合流しなかった。
いまいち信用できない。

れいわ。
ここは逆に過激すぎる。
批判の急先鋒としても、重度の障害のある候補者を立ててみたりの部分も、いろいろとおもしろみはあるのだけど。
掲げている経済政策は、財政的バランスが悪すぎると思っている。
野党間の連携なんかを見ていると、主張は強いがいざ協力となった場合妥協ができるのか、という点も不安。

というわけで、消去法で立憲と共産。
立憲はバランスは悪くなく、自民の対立軸としては本命。
言葉があまり響かない、批判のやり方がうまくない、等々思うところはある。
が、与党への批判票としてはここが選択肢の一つ。
未熟であることはまあその通りなのだけど、2大政党制みたいな政治体系を目指すならここを育てて核としなきゃなのかなぁ、なんて思ったり。

共産は、永遠の野党、圧倒的強さの野党、というのが僕の評。
共産主義は僕は全く支持していなくてそういう意味では入れたくない党なのだけど、批判能力はかなり買っていて、現与党勢力がまだ力を持つと読むなら選択肢としてはあり。
絶対に権力になびかないし、妥協もしない。
過去にもここの批判から権力の不正が暴かれていったり法案の問題点が明らかにされていったことがある。
この辺りは、国会中継を見ると強く感じる。
我が国の共産党嫌いの空気から考えて、大きく票を伸ばしたり権力の座に就くなんてことはないと思っている。
地方議員や末端の候補には変なのもいるのだが、当選可能性があるところにいる議員さんは優秀で権力と緊張関係を作るのには打ってつけ。
あまり大きくは伸ばしたくないけど、批判の受け皿としては強い。
情勢を見ながら選択肢の一つとして考えている。

今回は政権交代が起こるとは考えていないので、その前提での思考だったが、政権交代が見えてくるほど伸びてくると野党選びは少し事情が変わってくる。

まあそんなことを考えつつ、さらに情報を集めて、情勢をみながらギリギリまで考える予定。
いつもは政策を見ながらじっくり考えるのだけど、今回はそんな感じにならず。
次回は自由や民主主義を前提として、政策を見ながら考える選挙になってほしいもの。




f:id:htyanaka:20211026083510j:plain 横浜かな。

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2021/10/25 23:21
寝る前。
自宅にて。


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Update 2021/10/25
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教員養成と研究振興のはなし

僕は現在、教員養成に携わっている。
そのため、教員が将来の選択肢である学生さんや、その養成に携わっているさまざまな大学教員と話をする機会が多い。
そして、これら方々から、気になることを聞くことがある。
教員養成に理解がない、それどころか、自分の研究室の学生が教員免許状を取ることを好ましく思っていない大学教員がいるらしいのだ。
これは所属校に限った話ではなく、開放性と言われる方式(教員養成が主ではなく、学部学科の希望する一部学生のみに教員養成をして免許状を出す方式)で教員養成をしている大学・学部で共通して聞かれる話。
ひどい場合だと、教職必修科目の時間にゼミを開講したり、取るなと圧力をかけたりする事例を聞いたりもする(所属校の話ではない)。
そこで、今回はこれについて書いてみる。

特に、研究にとって教員養成は邪魔だ、こんなふうに思っている先生に届くといいな、と思っている。
確かに教員免許状をとる学生さんは、そこに時間が取られてしまうため、研究に使える時間が減ってしまう。
これは短期的にみると研究の進捗にとってマイナスである。
ただ、長期的に見ると研究分野全体について大きくプラスになると思っている。

まず。
なぜ研究室の学生さんが教員免許状を取ることを嫌がるのか。
理由はわりと単純で、学生さんが専門分野の勉強や研究に充てる時間が減るから。
教員免許状を取得するには、その学部学科の専門科目に加え、免許状取得に必要な科目を取らなくてはならない。
道徳や特別活動、特別支援教育など、どの校種・科目であっても教員をやるにあたって必須となる知識は結構ある。
よって、本来研究に専念できる上級生であってもこれらの科目の履修が必要になる場合が多い。
また、教育実習など、一定期間研究が全くできなくなる時期も出てくる。
これらが研究に影響する、のを嫌うという場合が多いのではないだろうか。
別に嫌っていないが、ゼミの時間を教職系科目に配慮しないで設定する、という場合もあろう。

特に、教員の研究プロジェクトの中から、学生にテーマを渡して研究室を運営している場合。
研究が進まないと研究室運営上困る。
研究プロジェクトがポシャると、次の研究費獲得が困難になり、結果次の代の学生教育に影響する、ということになりかねない。
そんなことに学生を巻き込むなよ、という意見が出てきそうだが、教育経費が足りず教員のプロジェクト研究費で教育を行わざるを得ない場合もある。
そのくらい我が国の大学環境は厳しい。

ただ。
それでもなお、学校教員志望者を受け入れた上で研究指導をすることは意義がある。
短期的には研究にマイナスかもしれないが、長期的にはその研究分野にプラスになると思っている。
どういうことか。

卒業研究では研究を通じてその分野のおもしろさに触れることができる。
研究そのものの楽しさを感じてくれるかもしれない。
1年か2年一つのテーマをじっくり追いかけるため、学生時代の研究分野はそれなりに思い入れの深いものとなる。
こういった人材が学校教員になって、その分野を含めた教科教育の任に当たるわけである。
大学教員がアウトリーチと称して小中高に出ていかなくとも、彼らがその研究分野のおもしろさを語ってくれる潜在的な人材になりうる。
こういう人材が毎年少しずつ現場に送り出され、子どもたちに自分の好きな研究分野の話をしてくれる。
中にはそんな話を聞いて進学先の分野を決める生徒が出てくるかもしれない。
進路指導で具体的な進学先として勧めてくれるかもしれない。
こういう人材が初等・中等教育の現場にいるというのは、長期的に見てその研究分野の発展に大きく貢献するとは思わないだろうか。

これは学校教員に限った話ではない。
財界人、官僚、政治家。
その多くは大学経由で社会人になる。
その人たちに、在学中しっかりと研究の基礎理解とそのおもしろさを学んでおいてもらう。
そうすると、その中のいくらかは卒業後、研究業界を応援してくれる人たちになってくれるはず。
権力者にならなくとも教え子たちはみな有権者にはなる。
4年間も時間があるのだから、地道に教育をして研究外の各領域から応援してもらう、というのは悪くない考え方だと思っている。

と、まあそんかことを日々考えつつ、研究指導をがんばっている。
ただ、理想通りにはいかないもので、研究のおもしろさを伝えるのがまた、難しい。

ではでは。
また。




f:id:htyanaka:20211018232054j:plain にゃん。にゃにゃにゃん。

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2021/10/18 21:17
書く暇がないね。
仕事後の自宅にて。


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Update 2021/10/18
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院で専門を変えることのあれこれ(大学院へ行きたい人へ9)

院で専門を変える。
時々聞く話なのだが、今回はこれについて書いてみる。

まず。
大学院で専門を変えることはアリなのか。
これは各教員・研究者でかなり意見がわかれると思う。
が、僕はアリだと思っている。
高校までの狭い勉強と経験ではなかなか全ての学問分野に触れることはできない。
大学入学後、教養科目や専門科目の隣接領域の勉強、自由な読書などを通じて出会える分野の方が圧倒的に多い。
たまたま入学した学部学科の先に、研究したい分野があるとは限らない。
なので、院、特に修士課程進学時に専門を変えるのはなしではないと思っている。

問題点もある。
一番は、大学院と学部で教育目的が大きく異なるところ。
大学院は研究をするところであり、研究指導的な教育が中心。
体系的・網羅的に専門分野を学ぶ機会は用意されていない。
一方で学部は、その専門分野の学問を広く浅く身につけることが主眼。
例えば、心理学であれば、心理学の学部を卒業すると基礎心理学から応用・臨床心理学まで、幅広く知識を身につけることができる。
大学院の場合は、ある心理学分野のごく狭い分野で研究ができれば問題がない。
つまり、心理学の学部を出て身につく専門性と、院を出て身につく専門性は別物と思っておいた方がいい。
大学院で専門を変えて、かつ、新しい専門分野を将来の仕事にすることを考えている場合は、学部レベルの知識を自分で勉強しておく必要がある。
例えば、大学教員になりたい場合。
学部の授業を担当する場合、自分の研究分野の狭い知識だけではほぼ授業はできないと考えておいた方がいい。
また、院で研究をする場合に学部レベルの知識が前提となっていることも多い。
これが身についていないということがディスアドバンテージになることはありうる、ということは覚えておきたい。
よって、院で専門がえを行う場合は、学部の早い段階でそれを意識して自分で勉強しておく必要がある。

では。
学部レベルの知識を自学でなんとかする場合にはどうしたらいいか。
オススメは、進学予定先の院にぶら下がっている学部のカリキュラムを調べて、その内容の本を網羅的に読むというもの。
その学部と同じような他大の学部カリキュラムも調べて、より一般性を持たせるのもありか。
各大学、シラバスは公開されているので、それを見て教科書を探すのもあり。
この辺りは、またいずれ改めて書く。

研究に直結してやっておきたいこともある。
すぐに研究が始められるように、必要のなりそうな書籍・論文はあらかじめ読んでおく。
これをやっておくことで、専門が変わってもすぐに研究を始めることができる。
読むべき書籍や論文は、進学先の指導教員候補者に紹介してもらうのがよい。
これを学部生のうち、できれば院の試験より前にやっておきたい。
院での研究を考える材料が増え、院試対策にもなって一石二鳥。

以下は、進学タイプ別の学部時代の備え。

学部専門の隣接領域への転向

例えば、心理学で脳科学転向とか、電気電子で情報工学転向とか、こういう場合が当たるか。
この場合、学部で軽くは勉強していること多い。
研究するだけで、将来の専門分野は学部時代のまま、ということであれば備えの勉強は軽くでいい。
自分の研究したい内容に関連した転向先の学部の内容を中心に勉強する。
将来の専門分野も院の分野に変えたいという場合は、学部のカリキュラムを調べて網羅的に勉強したい。
分野が近いので、学部高学年になってからでも対応が可能。

隣接領域に進む場合は、学部の専門性もしっかり身につけておきたい。
学部で身につけた専門性は新たな専門領域でも生きる。
視点が複合的になり確実に武器になる、ということは覚えておきたい。
無駄にはならない。

学部専門と全く異なる領域への転向

例えば、教養科目で心理学に興味を持って、専門は全く関係ないが院で心理学を極めたい、といった場合。
この場合は、かなり早い段階から、学部の知識を独習する必要がある。
やり方は本文に書いた通り。
卒業研究については、進学予定の教員や学内にいる専門分野の近い教員に助言を受けたいところ。
学部の指導教員に理解があれば、指導委託等の柔軟な対応が可能な場合もあるので、それができる研究室を選ぶのも手。

あまりにも学部の専門分野と院の分野が違いすぎて、勉強が追いつかない場合もあろう。
この場合は思い切って、学士編入や研究生兼科目履修生を選択してもいい。
中途半端に進学するよりも後々のことを考えるとプラスになるかもしれない。


まあ、こんなところか。
ではまた。




f:id:htyanaka:20211003174505j:plain ずっと昔に乗ったロマンスカーの展望席。

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2021/10/03 17:27
10月になりました。
日本のどこかで。


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Update 2021/10/03
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僕の研究室に向いている人・向いていない人

指導方針メリット・デメリットなんかはすでに書いた。
こういう方針を書いているせいか、恐れをなして逃げていく学生さんの話をちらほら聞く。
でも、そんな恐れることはない。
大変ながらもみんな卒業していくし、他に比べて厳しいわけでもない。

ただ。
どんな研究室でも向いている・向いていないというのがあるもの。
そこで、うちの研究室はどうか、僕の主観で書いてみることにした。
研究室選びの参考にしていただけたら幸い。
なお、指導方針メリット・デメリットを読んでいない人は、こちらを先に読んでいただいて。

なんといっても向いているのは、研究に時間を使う気がある人。
ほぼ、これに尽きる。
できるできないはあまり関係がない。
なぜなら、種々の能力は研究活動の中で身につけるため。
研究室配属までにこの力を身についておいてほしい、みたいのはあまりない。
もちろん、身につけておくと研究がはかどるよ、みたいなものはあるのだが、それらは研究室配属になってからコツコツ身につけていただくので問題がない。
そんなことよりも、大事なのは研究に時間を使えるかどうか。

これは指導方針とも関係する。
僕の研究室はテーマ設定が自由。
自分でミニ専門家になってもらい、研究のテーマを自ら設定してもらう。
これにはかなりの時間を要する。
山のように論文や書籍を読まなくてはならず、これにはかなりの時間が必要というのはわかっていただけると思う。
こちらからはテーマを与えないので、未熟な研究能力を鍛えつつ、テーマを設定して研究計画を練っていくことになる。
これにも相当な時間が必要。

ではどのくらいの時間を想定しているかと言えば、平日の日中が研究メインになるくらい。
まあ、1,2年生のころ授業に使ってた時間を、まるまる研究に使うくらいを考えていただければ。
というか、そのために4年生の授業がスカスカになるようにカリキュラムが設計されている。
でもまあ、これは基本なので、就活等で研究時間が少なくなるとかは工夫でカバーすれば問題ない。

なぜ時間を求めるのかといえば、卒業研究を大学教育の集大成だと考えているから。
教員としてそばにいるとわかるのだが、卒業研究に時間をかけて本気で取り組むと、学生さんかなり伸びる。
それは研究能力に特化したものではなく、社会人になってから役に立つものばかり。
これはホント。

というわけで。

僕の研究室に向いている人

・研究に時間を使える人
・自由にやりたい人
・研究能力を身につけたい人
・研究を通じて色々な力をつけたい人

僕の研究室に向いていない人

・研究に時間を使えない人(ライトにやりたい人)

気にしなくていいこと

・能力や成績
 →時間が使えるのであれば問題なし
特別支援教育への興味
 →特別支援教育以外のテーマでも可(詳しくはコチラ

と、まあこんなところか。

では今回はこの辺で。
また。




f:id:htyanaka:20210927183846j:plain鳥取市内にて。

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2021/09/04 20:27
夏の終わりに。
鳥駅ドトールにて。


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Update 2021/09/04
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