週刊雑記帳(ブログ)

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大学教員(僕のなりたかったもの7)

いろいろと書いてきたが、いよいよコイツ。
これになりたいと思ったのは大学生の中盤ごろ。
もともと修士で他大の院に行くことは大学入学時から決めていた。
その延長線として大学教員という選択肢が出てきた。
理由はいろいろある。

まずは、大学教育に関わりたかった、というのがある。
当時、大学生をやりながら大学教育のまずいところをたくさん見てきた。
大学生の僕は教育学部で教員免許を取得しようとしていた。
なので、大学の教育のまずさが特に気になっていた。
今でこそかなり改善されたが、当時は古い時代の大学の空気がまだ残っていた。
よく練られていない授業なんて当たり前で、全然説明する気のない授業、ひどいのになると教科書棒読み、みたいなのまであった。
質問に行くこともよくあったのだが、全く教える気のない教員もいて、いろいろと思うところがあった。
研究者としては優れているのだろうが、教員としてはひどい、という教員もたくさん見てきた。
不遜にも、教えることについては僕の方が上手くやれる、と思ってしまったワケ。
なんでこんなことになっているのか、という観点で本もだいぶ読んだ。
その結果、これを変えるには、大学教員になるしかない、と思った次第。

もう一つは、身近の大学教員を見て、いいな、この仕事と思ったこと。
まず、とてものんびりしている。
遊びに行くとコーヒをいれていろいろ話をしてくれる。
飲み会やらご飯やらに連れて行ってもらったこともたくさんある。
仕事があまり忙しくなく、せかせかしていない感じがとてもよかった。
こんないい職業はない、と思った。
ただ、この点については、卒業後10年で大学業界の状況が一変してしまい、コレジャナイ感が半端ないことになるのだが、それについては書かない。

本を読んだり研究したり、が仕事になるというのもよかった。
先生方、専門の話をしているときはとても楽しそう。
好きな本をたくさん読めて、好きな研究を目一杯するのが仕事。
これは魅力的だった。
これも状況はずいぶん悪くなるのだが、根本的にはこの仕事のいいところだと思っている。

さて。
大学教員。
実は、これになりたかったのは修士の大学院生のかなり早い段階まで。
他大の院に行って、すごい先生方をたくさん見た。
すごい先生方は奇人変人の類が多く、これはオレには無理だな、と思うに至った。
博士余りの兆しも見え始めていた時代で、これは構造的にダメな業界だな、と思ったりもした。
修士1年の夏くらいには、すでに博士課程に進む気も大学の教員になりたいという気持ちもすっかり消えてしまっていた。
そんなわけで、修士も1年生の後半には並の就活生になっていた。

え、じゃあなんで大学教員をやっているかって?
これにはドラマよりも複雑怪奇なストーリーがある。
あるのだが、飲み会用のネタのためここには書かない。
正確には、書けない。

では、今回はこの辺で。
このシリーズ、あと1つある。
これからなりたいもの、についてはもっとある。




f:id:htyanaka:20210223105119j:plain 浜坂駅かな。


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2021/02/20 19:40
2月は大忙し。
鳥駅スタバにて。


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Update 2021/02/20
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