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本の紹介,「戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗(加藤 陽子,朝日出版社)」

戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗
加藤 陽子(著)
難易度:☆☆


僕が二十歳の頃からずっと知りたいことの一つに、なぜ日本はあの無謀な戦争をしたのか、というのがある。
学校で学んだことや常識では、どう考えても無謀な戦争。
じゃあなんで戦争に突入したのか。
教科書には載っていない、その理由というか答えというかそういうものを求めて色々と読んできた。
この本はその問いについて、一定の解答を与えてくれるものだった。

本書では満州事変の事後処理、三国同盟、戦争直前の日米交渉、という3つにポイントを絞って戦争が起こった理由について迫っていく。
これらのポイントは多くの歴史本でよく取り上げられるもの。
筆者は近代史の歴史研究者。
彼女を講師として歴史好きの中高生を対象に行った講義を書籍化したもの。
ただ自説を展開していくという講義ではなく、中高生と対話しながら史料を丁寧に読み解いて事実を推察していくという内容。
これが大変おもしろかった。

当時中国にいた日本軍(関東軍)が満州事変を引き起こし、それが戦争へとつながっていったことはよく知られている。
が、本書では事変後に調査にやってきたリットン調査団に注目する。
この調査団は国際連盟が派遣したもので、報告書にて問題解決のための提言を書いている。
この内容について、詳しく見つつ背景情報と照らして読んでいくと意外にも日本にばかり不利とは言えないということを紹介する。

次が、ドイツ・イタリア・日本が結んだ三国同盟
これがアメリカの態度を硬化させ、戦争へと進む転機となったことはよく知られている。
ではなぜ日本はこの同盟を結ぼうと思ったのか。
どんなメリットがあって誰が進めたのか。
その辺りに迫る。

最後のトピックは戦争直前の日米交渉。
戦争に突入する年の4月に野村吉三郎駐米大使とハル国務長官を主として始められたこの交渉は双方にとって戦争準備のための時間稼ぎと言われることがある。
が、意外にも双方本気で戦争回避のために本気で交渉をしていた。
そのことを史料をもとに読み解いていく。
日本政府もアメリカ政府も強硬派和平派の双方がおり、内部での政治的駆け引きの結果、国としての人格のようなものが現れる。
当たり前だけど忘れがちな視点を再認識することができる。
ハルノートという戦争を決定づける内容の通知がいかにしてなされたか。
日本軍の内部において、アメリカが怒るポイントについて読み違いが存在した。
人々が忌避する戦争がなぜ起こってしまうのか、ヒントとなるものが得られた。

以上、本書の内容を軽く書いたが、この本の醍醐味は歴史的な内容のみにあらず。
筆者と中高生のやりとりがとてもおもしろい。
歴史好きとはいえ、筆者が発する問いに対する中高生の答えがすごい。
ああそうも考えられるか、よく中高生でそんなこと考えられるな、というような答えが頻発し、とても感心した。
これはどうも筆者も同じようで、中高生の答えを端緒として講義の内容自体が深まったように感じた。

また、筆者の展開する史料の読み方もおもしろかった。
簡単な歴史本だと事実と考えられるものの羅列に過ぎないのだが、この本では一次資料を丁寧に読み、様々な史料を合わせることで事実を推察していく。
おそらく、これが歴史研究の方法なのだと思うのだが、とても刺激的だった。
見えないものを見ようとする、というのは僕の専門分野である心理学についても同じ。
心理学では対象から直接データを得て、データを根拠に心を推察をする。
歴史学でもやり方は違えど本質は同じだということを感じることができた。
最近は歴史研究者でもない人が歴史を語ることがあるが、これは大変危険なことだなとも思った。
この方法論を学んでいない人の言説は間違っている可能性が高いということも改めて感じた。

歴史好きな人であれば、中高生から読める本だと思う。
ぜひ多くの人に読んでほしい名著。



追記:
これを書いている最中に、筆者の加藤陽子さんが日本学術会議の会員への任命拒否に巻き込まれるという事案が発生した。
彼女の著作を何冊か読む限り、真っ当で王道を行く研究者だと感じていた。
それだけに、今回の政府の介入には恐怖を感じた。
多くの近現代史の歴史研究者が紹介する戦前日本の空気に今どんどん近づきつつある、というのが僕の率直な感想。
昭和初期の人たちは、戦争で負けるまでそんな空気と国家の異常さに気づけなかった、というのは我々が歴史から学んでもいいことだと思っている。




f:id:htyanaka:20201018224704j:plain 鳥取市内にて。

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2020/10/17 18:27
読書と論考とコーヒーと。
駅前スタバにて。



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Update 2020/10/17
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