週刊雑記帳(ブログ)

担当授業や研究についての情報をメインに記事を書いていきます。月曜日定期更新(臨時休刊もあります)。

発表をしよう〜発表前に編(研究をしよう 臨時版3)

スライドが出来上がった。
そうしたらもうあとは発表を待つのみ、と思うでしょう。
が、それは甘い。
と、いうわけで、スライドができたらやることについて。

(1)しゃべりの原稿を書いてみる
いや、私は原稿読むようなプレゼンはしないからいらない、と言う人もいるかもしれない。
でも、発表慣れするまでは原稿を書いてみよう。
だいたい、その場でしゃべれるなら簡単にしゃべりの原稿なんて作れるはず。
とにかく作ってみよう。
すると、スライドに物足りなさを感じたり、伝わりにくいところに気付いたりする。
これに気付いたそばからスライドに修正かけていく。
これでスライドがまた一段いいものになる。

(2)発表の練習をする
原稿ができたら、それをもとに時間を計って練習しよう。
原稿読み上げ発表はつまらないので、いずれは原稿なしでしゃべりたいものだが、まずは原稿を見ながらでもよい。
とにかく時間を計って通しで練習をしてみる。
すると、思ったより時間がかかるかもしれない。
声を出してみることで、説明のしづらさがわかることもある。
これをもとにまたスライドを直す。
だいたい慣れてきたら、今度は原稿なしでしゃべってみる。
原稿では説明するはずだったものが抜け落ちたり、やはりしゃべりにくい箇所が見つかったりする。
これをもとに、注意する箇所を考えたり、スライドを直したりする。
ここまでやると、スライドは相当よくなる。

(3)友人相手に発表練習をする
もうカンペキだ、と思ったら、友人相手に発表練習をしてみる。
これはゼミの教員や、先輩後輩相手でもよい。
実際に人前でしゃべってみると、自分ひとりでしゃべった時とまた違ったものなる。
大きく違うのはスピードだろうか。
緊張すると早くなる人、遅くなる人、それぞれあり、自分のクセを知ることができる。
ちなみに僕は、人前ではかなり早くなるので、ひとり練習のときの時間が少し超過するぐらいを目指してスライドを作る。
また、友人にわかりづらいところを指摘してもらおう。
自分ではカンペキだと思っていても、大概は幻想で、カンペキなんかではない。
友人から指摘されると自分では見えてなかった穴が見えてくる。
これをもとにスライドを直す。

このくらいやるとだいぶよくなる。
あとは、どんな質問くるかなぁ、というのを考えておくとよいくらいか。
あらかじめ予想していた質問が来るとあわてずに対応できる。
まあそんなわけだから、スライドβ版(初稿)は発表の1,2週間前には出来上がっているのが理想。
そうでないと、今回の(1)-(3)をやる時間がなくなる。

以上で発表をしよう編おしまい。
健闘を祈ります。


おまけのミニコラム。
むかしむかし、知り合いにすごくプレゼンのうまいやつがいた。
TEDトークのように流暢に自分の言葉で話し、なおかつとてもわかりやすい。
原稿を読むダメ発表とはもう雲泥の差。
やはり、できるやつは才能があって、感覚でしゃべってるのかな、と思っていた。
ある時、そいつに、どうやったらそんなにスムーズにしゃべれるのか、やはり経験か、と聞いてみた。
すると、答えはこう。
「練習」
スライドをしっかり作り込んだ上で、今回説明した(2)を中心にかなり練習を積んでいるのだそう。
練習の大事さを知ったエピソードだった。




横浜かな。


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2019/02/06 7:27
出勤中。
汽車の中にて。


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Update 2019/02/06
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発表をしよう〜スライド作成編(研究をしよう 臨時版2)

今回はスライド作成のポイントについて。

その前に、論文とスライド発表は何が違うのかわかるだろうか。
両方とも同じ研究を世に広めるための行為なのだが、目的が全然違う。
論文は自身の行った研究について、検証可能な形で公表するのが目的。
だから、細かな方法や結果の記述が大事で、引用した先行研究の書誌情報も完璧に網羅していなければならない。
やった研究と同じことを別の人が試すことが可能な構造でなければならないわけ。
これを主に書きことばに頼って行う。
詳しくは論文とは何かを参考にしていただきたく。

では、スライド発表はどうか。
これは限られた時間で効率よく研究の内容を共有することが目的の行為。
与えられた時間に収まるように、いらない情報をギリギリまでそぎ落とし、研究の要点を伝える。
論文が書きことばという道具をメインで展開するのに対し、スライド発表は視聴覚を駆使して効率よく概要を伝えるのがポイント。
内容(やったことと論理構造)が誤解なく伝わりさえすればよく、論文で求められる検証可能性はいらない。
この違いはしっかり把握した上でスライドを作りたい。

次に、作成時の具体的なポイント。
(1)文字は大きく文は短く
文字はなるべく大きなフォントを使う。
これにより見やすくなると同時に情報量が少なくなる。
文字が小さいということは情報量が多いということ。
長々といろいろなことが書かれており、要点をまとめきれていない可能性がある。
要点をまとめるという余計な作業を聞き手に1つ求めることになり、わかりやすさが一段落ちる。
細々書いておくと発表者は読んで発表できるので安心感はあるのだが、聞き手にとってはつまらないプレゼンになる。
そして、細々書いてあるものを聞き手はたいてい読まない。
プレゼンソフトのデフォルト文字サイズで表現しきるくらいの簡潔さがよい。
いらない情報は思い切ってバッサリ切ろう。

(2)1スライド1メッセージ
学生さんは1つのスライドにいくつも情報を詰め込みがちだが、1つのスライドに込めるメッセージは1つにするのが原則。
このスライドのメッセージは何か、と自問した時に、すっと出てくるようにしておきたい。
スライドの上部にタイトルとして、メッセージを書いておくようにするとよい。
こうすることで、聞き手はこのスライドをメッセージに向けて理解しようとするので、伝わりやすくなる。
メッセージは何か、をしっかり把握しておくと、シンプルなスライドを作れるようになる。

f:id:htyanaka:20190203191026p:plain
(1)(2)を適用したスライドの例。これは背景のスライド。
(3)凝らない
研究発表のスライドでは無駄なことはしないのがセオリー。
よって、無意味にアニメーション効果を入れるとかはしない方がよい。
聞き手に理解してもらうためにどうしてもアニメーション効果が必要な場合でも、パッと消す、パッと表示させる、くらいにしておきたい。
ゆっくりフェードインしてくるとか、文字がくるくる回って着地とか、最悪。
笑いをとって場を和ませひきつけるんだ!というような高度なプレゼンテクとかであればまた違うのかもしれないが、そういうのは基本ができた熟練者になってからにしよう。

(4)文字より表、表より図
同じことが伝えられるのであれば、文字より表、表より図を使う。
スライド発表の最大の武器は視覚的に説明が可能なところ。
文字だと1分かかるところが、図だと一瞬でわかる、ということはよくある。
伝えるためにはうまく使いたい。
図表を使った時によくある失敗が、必要な説明が不足しているというもの。
グラフの軸や数字の意味は記載してあるか。
それらの文字の大きさは適切か。
図は直感的にわかってもらうために使うわけだから、そもそも基本的な意味が伝わらないのであれば何の意味もない。
しっかりとチェックしておこう。

f:id:htyanaka:20190203191340p:plain
図の悪い使い方の例。軸の数字が小さくて読めず,縦軸の数字の意味も分からない。

f:id:htyanaka:20190203191745p:plain
少し良くなった図の例。軸の数字と軸の意味がわかるようになった。

(5)1スライド1分が基本
スライドを作るときの目安として、1スライド1分を基本とするとよい。
与えられた発表時間から逆算して何枚スライド作ればよいかがわかる。
ただ、これはその人の発表スタイルによって大きく変わる。
この数字を基本に自分は1スライドにどれくらいの時間を使うのか、スライド仮作成後に発表練習をしながら自分なりの目安時間を設定するとよい。
ちなみに僕は1スライド20秒くらいでポンポン進めるスタイル。
授業は1スライド2分くらいかけてしゃべるけど。

(6)必要な情報は全部入れる
冒頭にも書いたが、研究発表の目的は内容(やったことと論理構造)を誤解なく伝えることである。
なので、以下の情報は必須になる。
・何をやったのか
・何でやったのか(論理)
・結果は何か
・結果の解釈と結論(論理)
これらの情報に漏れがないか、伝わりづらい点はないか、をチェックする。
論理のからんだ部分(「何でやったのか」「結果の解釈と結論」)は、研究自体がまずいとどうにもならないが、「何をやったのか」「結果は何か」は工夫次第で必ず伝わる。
これが伝わらなければ、聞き手には本当に何も伝わっていない、というのと同義になるので気をつけてほしい。
何度も推敲を重ねて、しっかりとこれらの情報を伝えられるようにしたい。
学生さんの発表を聞いているとこのタイプの発表は時々ある。
この場合、中身に関する具体的な質問が出てこないというさみしいことになる。
何も知らない友だちや家族に説明する気になって、丁寧に作り込んでみると、このタイプの発表は回避できる。
ちなみに、プロの研究者でも非研究者の家族や友人に読んでもらって、伝わりにくいポイントについてコメントをもらってそこを修正する、というのは使われる手法。

まあそんなわけで、スライド作成時の注意点はおしまい。
次は、発表に向けてやること編。





羽田空港にて。


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2019/02/03 19:59
日曜の残りを楽しむ。
鳥取市内にて。


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Update 2019/02/03
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発表をしよう〜スライド作成前準備編(研究をしよう 臨時版1)

発表をしよう編は研究をしようシリーズの最後らへんに持って来る予定だったが、まあ卒論発表会も近いので変則的にこのタイミングで書いてみようと思う。
そのうち本編にのどこかに位置付ける予定。

さて。
大学生も学年が進んでくると、研究発表の機会がやってくる。
ここでは発表について気をつけたいことをいくつか書いていく。

まずはスライドを作り始める前に気をつけるポイントを2つ。
(1)スライドのページの設定を4:3にする
最近のパワーポイントはデフォルトで、スライドのサイズが横長(16:9など)に設定されていることがある。
これは4:3のサイズに直しておくのが無難。

f:id:htyanaka:20190203165733p:plain
4:3でページ設定したスライド
f:id:htyanaka:20190203165836p:plain
16:9でページ設定したスライド。
デフォルトの16:9は、横長の画面が一般的になった最近のPCにおいて画面いっぱいになる設定である。
自分のPC上で作っている限りは、画面を無駄なく使えてよいような気になる。
が、発表会場のスクリーンやプロジェクタはまだ4:3仕様のものが多い。
16:9のものでも映せるが、上下にデッドスペースが生まれてしまい、結果小さな表示になってしまう。
非常にもったいない。
紙に印刷して配布資料として配るときも、4:3の方がデッドスペースが減る。
そんなわけだから今のところは4:3で作っておいた方が無難だと思う。
この設定は、パワーポイントだと「デザイン→ページ設定→スライドのサイズ指定」で確認・変更ができる。

(2)シンプルなデザインを使う
研究発表の目的は内容を伝えること。
目立つことで印象を与える必要は全くないので、出来るだけ見やすいシンプルなデザイン選ぶ。
背景に絵があると見づらくなるので、そういうデザインは避けたい。
白地に黒文字とか、濃い色の背景に白抜き文字とか、そのくらいシンプルで構わない。
f:id:htyanaka:20190203164840p:plain
シンプルなデザインの例

f:id:htyanaka:20190203164950p:plain
複雑なデザインの例。シンプルデザインに比べ文字が小さく,デッドスペースが大きくなる。
デザインが凝っていると、デッドスペースが生まれて文字や図が小さくなって見づらかったり、デザインがうるさくて内容に目が行かなかったりと、伝える上で支障が出ることがある。
そうなると、内容を伝えるという研究発表本来の目的が達成されず本末転倒になりかねない。
スライドデザインのかっこよさは、研究発表にはいらない。
注意したい。
文字の配置についても、上にタイトル、その下に本体のスペースというオーソドックスなものがよい。
時々、スライドのタイトルが上にない場合があるが,これはいざ作り始めたときに困ることになる。
聞き手もどこにタイトル(要点)があるのかわからず,混乱する。
避けたいところ。
f:id:htyanaka:20190203165507p:plain
タイトルが下にあるフォーマット。見づらい。
f:id:htyanaka:20190203165603p:plain
タイトルが右横にあるフォーマット。やはり見づらい。

スライドを作り始める前に注意すべきポイントはこんなところ。
次回は具体的にスライドを作るときの注意点について書く。





高松港にて。


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2019/02/03 18:17
仕事終わった。
鳥取市内にて。


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Update 2019/02/03
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本の紹介,「IQってホントは何なんだ?(村上 宣寛,日経BP社)」

IQってホントは何なんだ?
村上 宣寛(著)
難易度:☆☆


知能指数(IQ)を知りたい人向けの本、2冊目。
1冊目「知能指数―発達心理学からみたIQ (滝沢 武久,中公新書)」を読んでいない人はそちらも参考にしていただきたく。
IQはいろいろのところで測定されているのだが、そのわりに知能やIQに関する一般向けの本は少ない。
いい本もいくつかあるのだが、それらは古いものが多い。
そんなか、比較的新しく、内容的にもオススメできるのがこの本。
知能とは何か、から始まり、IQができる歴史的な流れ、IQに関連したテストの紹介、IQとは何か、遺伝とIQまで、この分野のことが幅広く解説されている。

滝沢さんの本は発達の視点が強いが、この本は知能やIQを中心におき、発達的な話は少ない。
子どもや知的障害といった限定なしに、知能やIQを解説しているのが特徴。
言及されている知能テストについても大人を対象としたものが多い。
知能テストとしてはウェクスラー系がメインな印象。
IQと遺伝や男女差・人種差についてはいろいろな研究を紹介しながら、実際のところどうなのか話を進める。
統計的な記述も少し出てくるが、巻末に補足資料もあり問題なく読めると思う。
本書を読むと、ちまたで使われているIQという言葉について、学術的な意味と世間的な使われ方の誤用について知ることができる。

心理学を学ぶ人や特別支援教育に関わる人は一読の価値あり。
教員志望者、現職教員の周辺知識としても役に立つ。
IQって言葉を使ったことあるすべての人の教養としてもオススメ。




鳥取だよ。



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Update 2018/10/14
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論文を読む〜方法編後編(研究をしよう 9)

さて、前回のつづき。
方法の章ですべきは研究の正しさの検証。
ここを読み取っていく。

正しさの検証のためには、やったことが余すことなく記載されている必要がある。
これは再現性の検証のためにも必須。
論文によってはこの情報が不十分なため、検証が不能な場合がある。
例えば、質問紙を実施した、とあるのに、引用も含めて具体的な質問項目がわからない場合。
こういうタイプの研究は正しさ・再現性の検証不可能につき、信じられぬ。
こう判断して、ゼミなどでの発表の際もそう報告する。
自分の研究の先行研究などでも引用はしない方がよい。
間違っている情報を元に自分の論を組み立てると、土台から崩れてすべてが水の泡、ということにもなりかねない。

記載が十分な場合。
内容を一つずつ吟味していくことになる。
まずは研究の目的と方法が対応しているのか。
わりと見かけるダメ論文では、目的に方法が対応していない、というものがある。
〇〇を検討する、と書いてあるのに、方法でそこにアプローチしていない。
これはもう、結果に行く前からハズレが決定している。
がっかり感を胸に、次を当たるしかない。

目的と対応していても、その方法論ではアプローチ不能な場合もある。
これの判定には、その方法論についての知識が必要になる。
例えば、質問紙法とはどういう方法でどんなことができるのか。
観察法ではどんなことが調べられて、どこまで主張することができるのか。
ゼミをやっていてよくあるのが、方法論についてあまり調べず論文を紹介してしまうというもの。
よほど奇抜な方法論でない限り、教科書があるのでしっかり読んで方法論の勉強をした上で、方法の記述について判定をしたい。
この過程は最初はかなりめんどうなのだが、何回か繰り返すとその分野の方法論に精通することになる。
だんだんと研究論文がちゃんと読めるようになるし、自分の研究を進める上でどの方法論を使えばよいかの選択肢も増える。
しっかりとやりたい。

目的に対して、方法論もマッチしている、となれば、いよいよ細かな部分の検討ということになる。
どんな分析をして、どう記述したのか。
例えば、統計ならどういう基準を使ったのか。
基準は甘くないだろうか。
研究の対象は偏っていないだろうか。
もっと突っ込んだ分析はできないだろうか。
この辺については、結果を読みながら戻ってきて読み直して検討するというのも大切。
方法論の細かな批判については難しいので、ゼミや卒論指導の時間をうまく利用したい。
さすがに教員は日常論文を読んでいるはずなので、批判には慣れている。
ベストを尽くして検討・批判を行って、教員の見解を聞いてみる。
見落としや、注意すべきポイントが学べる。

さあ、ここまで読んでどうやら正しそうだ、問題なし、となれば、いよいよよい論文な可能性が高い。
ワクワクしながら、結果や考察、結論を読み進めようということになる。

さあ、方法についてはここまで。
ではまた。




川崎の工場地帯にて。
このもの悲しさと静けさがたまらない。


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2018/10/22 18:41
帰るかのう。
鳥取駅スタバにて。


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Update 2018/10/22
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論文は正しいとは限らない

先日、授業でしゃべっていた時のこと。
ある学生さんから、学術論文についてこんなコメントがあった。
学術論文になっているものってすべて正しいんじゃないんですか?

これ、一般の人がよく犯す間違い。
世に出ている論文はあくまでなんらかの根拠をもとにロジカルに自分の説を主張したもの。
論文を書いた本人は当然正しいと思っていることが多いが、本当に正しいかはわからない。
論理展開がおかしくて正しくない。
データに不備があって正しくない。
限られた条件下でしか成り立たず、一般化できない。
こんなのは学術論文にはザラにある。

これらの不備は査読(第3者の研究者による論文審査)によっていくらか取り除くことが可能だが、それでも査読者がたまたまボンクラだったり、巧妙なやり方でうまくかわされることもある。
もうほぼツッコミどころがなく論文からは正しいとしか判断できないが、実は得られたデータは偶然そうなったに過ぎない場合だってある。
この場合は後の研究で検証すると結果を再現できないことになるのだが、1本の論文からは判断が難しい。
そもそも再現ができないというネガティブなデータは論文になりにくいという特性を持つ。
再現ができても、思いがけない限定条件が見つかって、現象の解釈や結論が間違いだったということだってありうる。

そんなわけで、学術論文は正しいと無条件で判断するのは非常に危険。
そして、この論文の正しさの判定は読み手に求められる。
こんな風に書くと何を信じていいのかわからなくなるかもしれないが、少なくとも1本の論文から判定可能な正しさについては、大学生が卒業までに身につける技術だと思っている。
なんのために、研究現場で勉強をしているのか。
なんのために、卒業に際し研究をして論文を書くのか。
そのあたりの答えの1つはここら辺にあるんじゃないだろうか。

と、いうわけで、学生諸君はここらへんを学ぶ気でゼミに卒論にがんばってね、という話。
論文の正しさの話は、別シリーズ研究をしようシリーズに詳しく書いているので、そちらを参考にしたりゼミや卒論で担当教員から学んでいただきたく。

ではまた。




下関かな。


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2018/11/19 1919:50
今日は休暇(扱い)なんだ。
鳥取駅スタバにて。


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Update 2018/11/19
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原発のハナシ

原発について。
僕は福島に住んでいたことがある。
友人もあっちの方にたくさんいて、震災と原発事故についてはいろいろ思うところがある。
そんなわけなので、このトピックに関してはちゃんと書きたいと思っていた。

僕は原発という発電の仕組みについては反対の立場。
原発についてはその仕組みから、放射線のこと、問題点など、いろいろと勉強した。
その結果、現状ではこの仕組みはやめたほうがいいな、と思うようになった。
二酸化炭素が出ないとか、安く電気が作れるとか、地元経済の活性とか、メリットもわからないではないのだが、それよりもデメリットの方がはるかに大きいと思っている。
「安く電気が作れる」については、そもそもそうではないと考えているが。

僕が原発に反対する理由は以下の2点。
(1)事故を完全に防げるとは思えない
(2)発電後のゴミの問題
特に、(2)は致命的だと思っている。

(1)については反対派が第一にあげているのでわかりやすい。
そもそも事故は完全に防げるはずだった。
何重にも安全のための仕組みを作り、確率を限りなくゼロに近づけた。
でも、福島の事故は起きた。
原子力系の事故は起こると大変なことになるため、ゼロでなくてはならない。
何十年動かしても、何千年動かしても、ゼロでなくてはならない。
そんなこと、基本的には無理だと思っている。
世の中には限りなくゼロをゼロとみなしていい事象と、みなしてはいけない事象がある。
本当にまれな事象については、起こってから事後対応でなんとかする。
これができれば前者でもよいと思うのだが、それが無理な原子力系は後者。
一旦事故が起こってしまえば、影響は甚大だし、そもそも事故処理だってかなり難しい。
これは福島事故のその後を見ればよくわかる。
事故処理のメドすら付いていない段階なのに、世間の記憶は薄くなってきている。
そもそも事故によって将来どんな影響があるのか、見えない部分もかなりある。
これが僕が考える原発反対のひとつめの理由。

もう一つは事故とは関係ない。
そもそも仕組み自体に問題があると思っている。
原子力発電を行うと、放射線を出しまくる核のごみがでる。
コイツをどうするか、まだ最終的な方法が決まっていないのだ。
10万年、自然界から隔離しなくてはならないらしい。
そんなこと、それこそ不可能だと思っている。
しかも、だ。
ずーっと使い続ければ、そのうち捨てる場所がなくなるのは容易に想像がつく。
そういう問題が出てきたあたりで、原子力発電はできないということになるはず。
そうすると遠い日の子孫たちは、自分が使いもしない発電方式の、負の部分だけを担うことになる。
これはあまりにも無責任でひどい話じゃないだろうか。
賛成反対含めていろいろ本を読んだが、ここに明確な解決法を与えてくれるものは残念ながら見つからなかった。

我が国に資源がなく、原子力発電がいかに重要かはよくわかる。
安い電気が日本の産業や暮らし大事なこともとてもよくわかる。
それでもなお、先ほど述べた2つのデメリットがあまりにも大きすぎる。
そんなわけで、僕は原子力発電には反対の立場、というわけ。

この問題はとても大事な問題なので、ネットの情報だけではなく、本からも情報を仕入れたうえで自分なりに考えてみてはいかがでしょうか。




松江にて。


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2018/10/22 20:00
今日は心地よい秋晴れだった。
鳥取市内にて。


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Update 2018/10/22
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