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論文を読む〜方法編前編(研究をしよう 8)

論文の中にはその研究で使われた方法について、詳しく記述する欄がある。
今日はここの読み方について。
イントロに比べるとわかりやすい。
が、それなりの技能・知識が必要なので、ここを読みつつ、必要だと思う知識を別途勉強する、という作業も考えなくてはならないのがココ。

さて。
まずこの方法の章。
何のためにあるのか。
これは研究の正しさを判定するためにある。
これ、研究とは何かで書いた、3要件のひとつ。
読み手に方法を示して、こういう風にやりました。
正しい方法ですよー。
と主張しているはずなので、本当かいな?と考えながら読むことになる。
つまり、読み手は記述されていることに対して、本当に正しいのか?を判定するために読めばよい。
書き手は方法論の甘いポイントをうまくごまかしている場合があるので、ここを見破る。
コレは書き手が無意識・無自覚でやっている場合もあれば、意図的にやっている場合もある。
基本的にウソはアウトだが、ウソじゃなければ読み手が判断可能なのでギリギリ許される。
あえて、多少の問題点をはらんだまま論文を公表して、後の研究に評価を委ねる場合もある。
つまり、玉石混交の状態。
なので、しっかり読んでその研究の正しさを判定しなくてはならない。

さて。
この方法の章、もう一つ大事な役割がある。
これは、研究の再現を可能とすること。
最悪、ウソを書かれる場合がないわけではない。
その方法でちゃんと研究をやったが、たまたまその結果が得られただけかもしれない。
こういう可能性については、その論文の研究のみで検証することは不可能である。
そのため、この部分については後の研究に託すことになる。
その方法論で同じようにやれば、同じ結果が得られるはず。
同じ方法で何度やっても同じ結果が得られることを、再現性があるという。
研究においてはこの再現性が極めて重要。
だって、そうでしょ?
とある研究者がやった研究のみでしか得られない結果にはほとんど何の意味もない。
研究とは知識の普遍性の発見や一般化を目指すものなのだ。
そういう意味で、再現性の検証が可能なように方法が書かれていなければならない。
記載が不十分で、再現性の検証が不可能、という論文は結構あって、読み手はこの点をきちんと指摘できなくてはならない。

と、ここまで書いたところで結構な分量になってしまった。
ということで、今回はここまで。
次回もう少し具体的なことを書く。




高松港にて。


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2018/10/22 17:57
日が暮れるのが早くなった。
鳥取駅スタバにて。


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Update 2018/10/22
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