その昔。
年間どの程度の授業ができるのだろうか、と考えたことがあった。
ふわっとした印象だと、とっくに限界を超えている気がするのだが、僕がダラダラ怠け者なせいもあるかもしれない。
きちんと計算しよう、と思い立った。
学期中、1週間で考えてみた。
まず、1週間の法定労働時間は40時間。
裁量労働制とかになっている人が多いものの、ほとんどの大学はみなし勤務時間8時間以内なので問題はなかろう。
で。
まず、1科目あたりの拘束時間が2時間程度。
90分の授業をやるにして、移動や直前準備などを考えるとまあそんなもん。
で、1回あたりの授業にかかる事前準備等の時間が必要。
授業の資料を直したり、資料を印刷したり、コメントペーパーに目を通したり。
そういう時間。
僕はこれに数時間使うのだけど、人によって時間がまちまちだと思うので、1科目あたり2時間で算出した。
すると、1科目あたりの必要時間数は4時間。
では、1週間40時間を全て授業に充てられるかというとそんな無茶なことはない。
この仕事をやっていると、色々な仕事が入る。
会議、軽い打ち合わせ、面談、それらの準備。
卒論・修論生の指導や授業関係の学生質問なんかもまたある。
それ以外にも、この書類あの書類といった教育ではない様々な雑用が入るもの。
メール、電話、急な〆切仕事の依頼。
これらの時間はわりとばかにできず、週12時間くらいは取られるのではないだろうか。
僕はもっと取られているのだが、とりあえず週12時間としておこう。
すると、1週間に使える時間は28時間だから、担当できる科目するは7科目くらいになる。
問題は。
この7科目というのは理論値。
違う種類の仕事を瞬時に切り替えられ、疲れなどは全くのらず、眠くもならない。
そういう前提のもとに成り立つ理論的な値。
実際には、人は疲れるし集中力も限りあるし、仕事の切り替えにも時間がかかる。
もちろん、トイレに行く時間もほっとひと息抜く時間もまた全く含まれていない。
仕事の種類が増えるほど、そういった追加の時間が必要になる。
そういう時間に週4時間あてるとして、まあ週6科目くらいが限界か。
さて。
お気づきだろうか。
上記計算には、「研究時間」が全く入っていない。
大学教員は研究が主たる業務の1つ。
研究に週12時間使うとすれば、週3科目しかできなくなる。
しっかりと計算をしてみると、結構担当授業科目は多くこなせない、ということがわかる。
これは僕も初めて計算した時にはかなり驚いた。
いやいや、学期外もあるだろう、という意見もあろう。
それはその通り。
だが、学期外は学期外でいろいろとやることがある。
想像以上に忙しいのが、学期直後の2週間程度。
ここは、試験採点・成績処理という結構時間の取られる作業が待っている。
僕の場合は、8月2月がここに当たるのだが、ひたすら成績処理で何もできない。
2月は卒論・修論審査が入り、後半は入試対応で結構な忙しさ。
2月に関しては学期中の方がまだマシなくらい、忙しい。
比較的余裕があるのが、9月3月。
だが、授業関係が何もないのかと言えばそうではなく。
次の学期・年度の授業準備がある。
シラバス更新、教科書調査、授業全体の構成の見直し、学期中にできなかった細かな調査等はここでやらなければならない。
これらについては後回し(次年度持ち越し)もできるので、優先順位を考えながらメリハリをつけて作業をすることになる。
この時期に研究をしっかり進めなければならないので、研究業務から見るととても重要な時期でもある。
また、新規に開講する授業がある場合は、イチから授業を作るという大変な作業が待っているため、この時期はそれに時間をあてなければならない。
そんなわけだから、まあ持てる授業科目数週3科目の理論値は変わらない。
実際には、こんなもちコマの少ない教員はそうそういない。
昔の国立大学の教員はこのくらいに設定されている人もいたらしいが、今は絶滅種。
僕だと講義授業科目が週4ー5科目、演習が週2−4科目で、ここまで多くなくとも似たり寄ったりの人が多いのではないだろうか。
担当科目が理論値より多い場合、どうなるかといえば、研究時間、授業の準備時間が犠牲になり、超過勤務時間が増える、ということになる。
不足時間をこれらのどのセクターで補うかは、まあ人による。
しかし、いずれにしてもどこかのセクターの質は落ちることになり、あまりいいことではない。
いいことではない、とは思うものの、これといった解決策も思い浮かばず。
僕の場合は、授業準備の時間が計算に使った1科目あたり2時間を超えるので、超過勤務の多さと研究時間の確保にかなり苦しんでいる。
わりと、どのくらい授業を担当できるかについては同業者の間でもあまりよく考えられていないゆえ、記事にしてみた。
特に、授業をたくさん持ったことない教員にはなかなか伝わらない。
人間の想像力は大したことない、ということなのだろうけれども。
ではでは。
また。
レーク・コヤマ・サイド
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2025/05/31 20:41
音楽を聴きながら。
自宅にて。
Update 2025/05/31
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