雑記帳(ブログ)

担当授業や研究についての情報をメインに記事を書いていきます。

病弱児等の教育課程と指導法2019(鳥取大学)

授業内容


第1回 オリエンテーション【資料電子版UP済】
    病弱の概要(1)(10/2)【資料電子版UP済】
第2回 病弱の概要(2)(10/9)
    身体の構造と機能(1)
     最初~骨の役割・組織まで
第3回 身体の構造と機能(2)(10/16,予定)


2/15(土)or2/17-20に集中形式で3コマ授業を実施予定。



関連情報


自分で勉強したい人へ【準備中】
病弱児等の生理・病理に関する役立ち情報
病弱に関する役立ち情報


連絡事項


授業の連絡事項



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Update 2019/10/10
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病弱児等の生理・病理・心理2019(鳥取大学)

授業内容


第1回 オリエンテーション【資料電子版UP済】
    病弱の概要(1)(10/2)
第2回 病弱の概要(2)(10/9,予定)
    身体の構造と機能(1)


2/15(土)or2/17-20に集中形式で3コマ授業を実施予定。



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Update 2019/10/08
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生物学Ⅱ2019(鳥取大学)

授業内容


第1回 神経系の概要(11/7,予定)




関連情報


自分で勉強したい人へ【準備中】


連絡事項


授業の連絡事項



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Update 2019/10/02
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表情の見える位置で授業を聞こう(大学生のための学び方入門2)

新シリーズ最初のトピックは授業。
今回はその1回目。

大学では教室の席は自由に決めることができる。
多くの学生は後ろの方から席を埋めていく。
が、これはとてももったいない。
なぜか。

後ろの方に座ると、どうしても黒板・スライド・指示棒などが見えにくくなる。
声だって聞こえづらくなる。
これらは教員にも大いに責任があるが、後ろの方に座らなければ避けられる。
わざわざ不利な席に座ることもなかろう。
ただ、これらはメインの理由ではない。

1番の理由は、後ろの方に座るとお互いの表情が見えないこと。
やる側になってみてわかったことだが、授業をやるとき、教員は学生さんの表情を見ながらやる。
そして、その表情によって授業の進め方をコントロールしている。
ああ、ついてきてないかな、少しゆっくりしゃべろう。
おもしろそうに聞いているから、ここら辺が興味あるのだなぁ。
何人かの顔を見ながらそんなことを考えつつ授業を進めていく。
わからなそうな顔をしている場合、通常よりも詳しくていねいな説明をしてもらっている場合はかなりあると思う。
教員が意識的にそうしている場合もあるし、無意識のうちそうなっている場合もある。
これが理解度に影響しないわけがない。

顔が見えやすいと、他にもいいことがある。
顔や名前を覚えてもらいやすくなる。
これらを覚えてもらうと、授業内外でさまざまな恩恵を受けることがある。
何か困ったことがあるとき気づいてもらいやすいくなるし、授業に関連したおもしろい情報をもらえるかもしれない。
課題やレポートなどを課す授業では、個別に能力を把握してもらえるかもしれない。
こういうのは、のちのち卒論やら演習やらの大学での活動で効いてくる。
研究室に遊びに行きやすくもなる。
これはまた別に書くが、研究室に気軽に遊びに行ける、というのは大学生しかできない特権。

これは、逆のことも言える。
教員の顔・表情が見えやすい位置の方が、より授業のライブ感を享受できる。
これが学びにどのような効果を及ぼすのか、あいにく知識を持ち合わせていないが、少なくとも悪い効果はあるまい。
映画だろうがライブだろうが、やはり近い方が迫力があって楽しい。

しかし。
この顔の見えやすさ、席の位置によってかなり変化する。
表情は席順が前の方ほど見えやすく、後ろの方ほど読み取りづらい。
真ん前が必ずしもよいわけではないのは、映画とかと変わらない。
そんなわけで、無条件で後ろの方や友人の近くに座るのではなく、こういうのを意識して座る場所を決めてみてはいかがだろうか。

ちなみに、高校時代の恩師曰く。
授業を前の方に座ってよく聞いてみると、どんな教員でもおもしろいことやためになることを一つや二つは言う。
それが一生の出会いになるかもしれないよ。
と。

そういうところ、あると思う。




横浜かな。


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2019/07/12 15:17
おつかれちう。
羽田行きの飛行機内にてにて。


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Update 2019/07/12
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学会へ行こう(2019年度ver)

学生さんに学会参加を促す記事の2019年度版。

学生さんにとって学会というと、なんかすごいところな気がするらしい。
が、そんなことは全くない。
分野にもよるが、卒論生や院生も発表している。
大人数の前で格調高く発表していることもあるが、ポスターの前に立って対話型で発表するスタイルもある。
このタイプの発表の場合、学部生であることを言った上で興味あるから教えてほしいと頼むと、ていねいに教えてくれると思う。
たっくさんの発表があるので、その中でおもしろそうなものを見つけて卒論のテーマを考えるのは悪くない方法だと思っている。
ぜひ、ヒマを見つけて足を運んでみよう。
このネタはそのうち研究をしようシリーズで扱う予定なので、詳しくはそちらを読んでほしい。

うちのゼミ生が関係しそうな特別支援、心理学、脳科学系がメインに思いつくものをあげておくので、参考にしていただきたく。


特別支援教育関係

特殊教育学会

期間:9/21(土)〜9/23(月・祝)
歴史ある特別支援系の学会。
実践系が多い。
参加者も現場の人が多い印象。

LD学会

期間:11/9(土)〜11/10(日)
LDを中心に、広く発達障害に関する演題あり。
最新知見から教育講演(分野を勉強するための講演)まで幅広く演題がある。
他の学会と比べて、勉強のために現場の先生が多く参加している印象が強い。
勉強組は発表はしないため、演者に比べて聴衆が圧倒的に多く、うまくやらないと会場からあぶれて聞きたい講演が聞けない。


心理学(障害児者の基礎系含む)

日本心理学会

期間:9/11(水)〜9/13(金)
基礎から臨床まで幅広く演題がある大きな学会。
どの分野の演題もだいたいは揃っているので、幅広く眺めたい人にオススメ。
基礎だと、実験系、質問紙調査だけでなく、脳波・MRIの脳機能系まで、幅広くある。
障害児者の心理についても基礎から支援まで幅広くあり、ためになる。
お目当ての分野を学びつつ、他の分野についてもおもしろそうなものを拾っていく、というような楽しみ方ができるのもこの学会の魅力。

日本教育心理学会

期間:9/14(土)〜9/16(月・祝)
心理学系では伝統ある学会。
統計の専門家も多く参加するせいか、数字を扱う研究は比較的しっかりしたものが多い。
教育現場への応用や実践的な研究もある。
チュートリアル(方法論等を教えてくれるセッション)がいくつもあり、それらを見に行くのもあり。
教育心理学的な観点から、障害児がらみの発表もある。
研究者から実践家まで楽しめる。


日本発達心理学会

期間:3/2(月)〜3/4(水)
発達心理学に関する演題が、基礎から応用・実践まで幅広く出ている学会。
特に乳幼児が多い印象。
もちろんそれ以外もある。
障害児心理も発達を絡めた演題が多数。
発達の人はだいたいこの学会に来る。
ゆるい空気感なので学部学生でも参加しやすいと思う。
僕のメーン学会その1


脳科学・医学系

日本神経科学会

期間:7/25(木)〜7/28(日)
日本の神経科学・脳科学の最大の学会。
基礎的なものが多く、MRIを用いたヒトの脳機能研究から、サルのニューロン記録研究、ネズミの研究、ゼブラフィッシュの研究まで幅広く。
発達障害や精神医学的な病態解明のための基礎研究も多数ある。
海外からビックネームを呼んでの講演もある。
この分野は国際的に研究交流をするので、英語での発表が基本。
ポスターは日本語でやり取りできる。
厳しめのコメントをされることも多く、ガチなディスカッションに出くわすことも。
それはそれでおもしろい。
僕のメーン学会その2


Human Brain Mapping

期間:6/9(日)〜6/13(木)
MRIや脳波といった、ヒトの脳機能研究のみを集めた国際学会。
かなりマニアックに脳機能研究の最先端を知ることができる。
発達障害精神疾患を中心に、脳機能研究がある。
方法論の最先端や、チュートリアルも多く、脳機能研究をやっている人には役にたつ情報だらけ。
北米と世界中の都市を1年おきに回っている。
たまに例外はあるケド。
僕のメーン学会その3


日本小児精神神経学会

期間:①6/29(土)〜6/30(日)、②11/2(土)〜11/3(日) 子どもに関する神経疾患やら精神疾患やらを扱う学会。
医学より。
発達障害を含め、疾患について医学的な観点からの発表が多い。
臨床的な内容もあれば、疾患の基礎理解のための研究もある。
脳機能研究も少し。
年2回開催。



他にもいくらか知っている学会はあるけど、あとは個人的に聞いていただきたく。
ではでは。




羽田空港にて


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2019/08/10 18:17
休暇中。
移動中の汽車にて。


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Update 2019/08/10
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大学教員公募戦線物語(大学教員・研究者という生き物7 )

前回、大学教員の就職について書いた。
今回はそいつをもう少し詳しく書いてみる。
優秀なら就職できるんじゃないの?と言う問いにも答えたい。

まず、採用の方式。
大学教員になるには大きく、公募による方法と公募によらない方法がある。
公募によらない(コネ採用)も行われていたらしいが、現在は少なくとも国立では絶滅に近く、ほぼ公募によると思っていいと思う。

まず、公募でない採用方式について。
よく知られているものに一本釣り方式と呼ばれるものがある。
一昔前まではやられていたと聞くが、最近は国立大ではあまり使われない。
どんな方式かといえば、とりたい人に狙いを定めてヘッドハンティングのように口説き落として採用するというもの。
○○研の××さんが今年修了だからうち来ないかなぁ、なんてのもこれの亜種みたいなものか。
ここまでくるとコネの要素が強くなる。
ただ、こういうのはどんどん減っている。
就職の競争が激しくなってきたので、機会均等という観点から業界人に嫌われたのだと思う。

で、メインになったのが、公募による方法。
ある分野の教員が必要になった場合、研究分野や担当授業等を公表して公募を行う。
文科省系の独立行政法人がやっている大学教員向け就職サイトみたいなものがあって、そこ経由で世の研究者に知らされる。
このサイトは研究分野ごとにメール登録できるので、公募があるとメールで内容が届く。
僕のところにも心理学やら脳科学やら特別支援やらの公募情報が毎日届く。
これをもとに、ああいいな、と思ったものに応募する。
任期付きや新卒就活のため、就活に期限が切れている場合は、選んでいる場合ではなく、マッチすればどんどん出していく、ということになる。

公募で求められる書類は大学によるが、履歴書、研究業績書と書いた本や論文の現物がだいたい必須。
これに、志望動機や研究計画などなどを要求される。
人によってはダンボール箱一杯の書類になることもある。
これを一生懸命準備して、私費で送ることになる。
時間もさることながら、経済的にも、収入がない新卒や薄給の非正規には結構つらい。
ちなみに落ちるときは益々の活躍を祈るA4の紙が一枚だけ届く。

送るとまずは一次書類審査が行われる。
審査員が各種書類の内容と論文等を精査し、ほしい人をいく人かピックアップする。
この人たちについては大学に呼んでプレゼンやら面接やらの試験を行う。
昔の国立だと書類のみでパスすることがあったらしいが、最近ではあまり聞かない。
変な人を取るとあとあと面倒なので、しっかり人物を見る。
ここで最後まで残った人が採用、となる。
私立なんかだと、この後に役員面接とかそういうのを経ることもあるらしい。
たいていの場合、採用されるのは1人だけ。
出しやすい公募の場合、応募者は3ケタになることがあるらしいので、どのくらいの倍率かはおわかりいただけるだろう。

で。
問題なのは、ほしい人というのはあくまで組織側の都合として決まる点。
これが、必ずしも優秀な人、とならない。
研究だけバリバリやっているザ・研究者なタイプは研究業績の一番優れた人が採用されるべきと考える人がいるが、これは今後もそうはならないと思う。
公募が出される場合、組織の側にはほしい人像が存在する。
○○分野の××ができる人で、職務としての研究をこの程度、教育はこれくらいで、他にこんなことができてほしい、みたいなおぼろげなイメージが採用する側にある。
このイメージは理想の教員像ではなく、今いる人達の特性で決まる。
この分野が薄いから補強したいとか、この分野の研究を今いる先生と協力して進めてほしいとか、そういう組織の論理が必ずある。
雑用できる人が少なくて困っている場合は、そういうのを回せる人というのもあるかもしれない。
ところが、これらは公募の条件に載らない。
客観的でなくて数値化できない上に組織内でイメージを共有できてないことも多いので、載せようがないと言った方が正しい。

すると、研究論文の数は多いけど分野が少しずれた応募者が、分野はドンピシャだがマズマズの研究業績の応募者に負ける、と言ったことが起こる。
まだ研究分野ずれくらいならいい方で、やってもらう仕事の比率で研究の割合が少ないから、研究業績が立派すぎるので落とす、というパタンすら起こる。
研究だけしたい人を研究できないポストに採用したところで、こちらが望む仕事をしてもらえないか、すぐ出ていかれるか、不満たらたらな組織員が増えるか、なだけ。
これを警戒する。
ミスマッチは誰も幸せにならない。
まあ、優秀さってそんなに簡単には測れないってことの裏返しとも言えるのかもしれないが。

採用されるのが1人だけ、というのも運の要素を強くする。
どんなに優秀であっても、たまたますごい人が1人応募していたらやはり受からない。
公募は現役バリバリの転職組も応募するため、そういうことは起こりうる。
かくして、自他共に優秀と認める人であっても落ちることがよくあるという仕組みになってしまう。
就職活動とはお見合いのようなもの、とはよく言ったもので、うちの業界も最終的にはそこに落ち着くのだと思う。

ただ、研究者が大学での就職・転職を目指す場合、出来ることといえば研究業績(出版した研究論文)を増やすことくらいしかない。
教育力やその他の能力は客観的に書類上に表現できないので、必然的にそうなる。
だから、一生懸命研究業績を増やす。
でも、採用はそれ以外の要素に左右されやすい。
これは業界外の人にはなかなかわかっていただけないのだが、ホントにしんどいのだ。

まあ、そんなこんなの大学教員の就活裏話でした。




松江にて。


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2019/06/06 8:02
出勤前。
ドトール鳥取駅にて。


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Update 2019/06/06
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なぜ、テストをするのか

僕の授業の評価は基本テストでやる。
持込不可のわりとオーソドックスなタイプのテスト。
うちの学部では珍しいのか、学生さんにとても嫌がられる。
でもやめる気はない。
今日はそんなテストについて、なんでやるの?という裏話を書く。

客観的に知識レベルを知ることができる

まずはコレ。
勉強すればそれなりに知識がつく。
ただ、どの程度自分のものになったのかを自分で正確に把握するのは結構大変。
わかった気になっていたものの、テストの問題を解いてみると、思ったよりもできない。
頭ではわかっているものの、それを言語化できない。
理解したと思っていた知識に意外な間違いがあった。
このようなことは学習にはつきもの。
ただ、これらのことにはテストやその対策をしている時にしか気付くことができない。
これがテストをやるの一つ目の理由。

ちなみに、日々教えていると、浅い勉強しかせずそのくせ自分の知識レベルは高い、と誤認している学生さんに会うことがある。
これはなるべく早い段階で気づかせてあげないと、社会に出てから困ることになる。
テストの点数というのは知識レベルの客観的な指標になるので、テストの点数を見れば自分の知識レベルをある程度把握することができる。
ヤマが当たるとか外れるとかの例外はあるが、知識レベルとの乖離はそんなに大きくないと思っている。
少なくとも僕の授業では、ヤマの当たり外れで点差がつくようなテストはやらない。

全範囲を勉強しなくてはならない

レポート課題の場合、その科目の一部を深めることでいいレポートが書けることはよくある。
これはこれでメリットはあると思うが、デメリットも大きい。
一番大きいデメリットは、その科目の内容について全範囲を勉強しなくとも単位が取れてしまうこと。
しかも、レポートの内容の良否は全体の知識レベルよりも文章力やせまい範囲の深い知識で決まる。
極端な話、100点の評価を得たとしても、その科目全体の知識レベルが低いというかとはありうる。

一方で、テストを課すとどうなるか。
どこが出るかわからないので、高得点を取るためには全範囲を満遍なく勉強しなくてはならない。
当然成績が高いということは、その科目全体の知識レベルが高いことを指す。
わかりやすい。
テストがプレッシャーとなって、学生さんはある程度勉強するようになる。
これも狙いの一つ。
本当はそんなプレッシャーなくとも学習をやってくれればよいのだが、なかなかそう理想通りに行かない。

その昔に、他大の知り合いの先生から聞いた話。
その先生は期末のテストや課題でいっぱいいっぱいになっている学生さんを不憫に思った。
そこで、普段のレポートとかを点数に加味するからテストはできなくても単位は落ちないよ、と言った。
すると、期末試験の平均点が例年よりも20点落ちたんだそう。

ね。
テスト、大事。

教員の反省のため

僕がテストをやる一番大きな理由はコイツ。
授業をやっていると、こちらはちゃんと教えた気になっているものの、うまく伝わっていないことがある。
前提として当然理解してもらっている気でいたら、全然わかってなかった。
多くの人が誤解して理解している。
逆に、難しいかな、と思っていたことが、わりと理解度の高い場合もある。
これらはテストをしてみないとわからない。

テストをして自分の考えている学生さんの理解度と実際の理解度のズレを把握する。
その上で、教え方を変えてみる。
おもしろいもので、しっかり反省して授業のやり方を変えると点数が上がることは結構ある。
これは早い話が教員側の教え方がヘボかった、ということを意味する。
しっかり反省して、次年度の授業に生かしたい。
もちろん、そのテストを受けた受講生に補足の情報を出すなどのフォローをすることもできる。

やはりテストは大事。


ちなみに、テストは実施する側も結構大変。
作るのに労力かかるし、採点にだってそれなりに労力がかかる。
返却・解説まで含めると、結構な時間を費やすことになる。
それでもわざわざテストをやる、ということはどういうことか。
裏の意味をくんでいただければ幸い。

まあ、そんなわけで、学生諸君は大変かもしれないけど、テストはやめないよ、という話。
まあがんばっていただいて。




よって、テストの出来がいいとご機嫌で酒を飲み、
悪いと教え方ヘボかったと悲しい気分で酒を飲むことに。
あ、写真は高松。


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2019/07/15 20:17
休みが終わる。
羽田からの最終便にて。


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